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2009年10月12日月曜日

俺が林業を目指してる理由 【前編】



今まで書いていたようで書いていなかったことを書いてみる。

どうして自分が林業を志すようになったのかを。


自分の人生を振り返ってみると林業とはまったく縁の無い道を歩んできていた。

子どものころ、自分が生まれ育った街に山はなかった、だから森もなかった。
遊んでいたのは田んぼ、用水路、原っぱ、そして雑木林だった。

虫を捕ったり、秘密基地を作ったり。
決して勇気のある子どもではなかったので一人で林の中を探検したことはない。
むしろ、怖くて他の子どもに置いていかれていたことのほうが多かったように思う。

中学生になるとサッカーばかりして遊んでた。
林に入ることも、虫を捕って遊ぶこともなくなった。

高校生になってラグビーに夢中になり、遊ぶ場所は繁華街に変わった。

大学時代にいたっては都会で酒ばかり飲んでた。


それでも、子どものころから自分は田舎の大自然の中で暮らすんだ!っていう憧れだけは抱き続けていた。

大学で民俗学を学び、日本の農村社会に強い憧れを抱いていた俺は就職先に農業か林業を考えていた。

まったく、自然の中で暮らした体験もなければ遊んだ体験もなかった。
それでも、自分は田舎で暮らすんだって思ってた。

そんな当時の俺を大人はあっけなく突き放した。

会う人、会う人にこう言われた。


「やめておけ」





夢見る青年だった自分は 「大人はわかってくれない」 なんて言い訳しながら新卒という立場を
捨てる勇気もなく、大きな企業に就職したのだ。

その時は自分に自信をなくしていて 「普通の人生を生きる」 ということに価値を見出していたんだ。

自分のやりたいこともよくわからない人間が夢見てちゃいけない。
俺は結婚して、家庭を持って、家族のために精一杯働けばいい。

それが人生だって本気で考えていた時期だった。
田舎で暮らすことだってどこまで真剣に考えていたことか。今になって思う。
どっかで人のせいにして自分が夢に挑戦することから逃げていたのかもしれない。


東京湾を見下ろす高層ビルで超一流企業を相手に億単位のシステム構築に自分の時間のほとんどを費やしていた。

仕事はやりがいがあった。
若い自分でもいろいろと任せてくれたし、人に認められることが単純にうれしかった。

「俺はサラリーマンに向いているんだな」 って思うこともしばしばあった。

そんなときに必ず思うのが 「自分がやりたいことはこんなんじゃない」 っていう意識だった。


「そのうち、俺は。。」 みたいな自分に嫌気がさした。

「俺はもっとできるはずだ」 っていう自分もいた。


あるとき友人の結婚式の二次会で久々に高校の友達が集まって 「今日は朝まで飲むぞ~」 となった。

「よし!今夜は久しぶりに夢でも語ろうか!」 と誰かが言った。

でも、そのあと誰も何も話せなくなった。

結局、誰もが夢から背を向けているうちに夢を語ることすらできなくなってしまったんだ。自分も含めて。


「これじゃ、ダメだ。」


って会社辞めたはいいけど、次やることだって決まってない。
夢を語ることすらできなかった人間だから当然だ。


そんな時に、たまたま青年海外協力隊の募集を知って勢いで受験して合格した。

夢を語りたいんじゃない。実現させたいわけでもない。

ただ、POPな人生よりRock'n Rollな人生を送ろうって思っただけ。


ケニアではいろいろな苦労もしたけれど、結局ケニアのことが大好きになって2回もケニアで働いた。

みんなに「ケニアで働けばいい」 、「いい仕事あるぞ」と言われた。

俺も一時は本気でケニアに永住することも考えた。

だけど、自分がケニアにいればいるほど、ケニアを好きになればなるほど、自分が日本人であることを意識していく自分がいた。


ケニアのことはケニア人に任せるべきだ。

日本人の俺は日本のために何かをすべきだ。


いまでこそ、日本は経済的に豊かでケニアに援助なんかしてるけど、日本からお金がなくなったら何が残るだろうか?

それこそ、ケニアよりもひどい状況になると思った。

俺がしなければならないことは日本にも山ほどある。そう思った。




続く

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