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2011年8月26日金曜日

Better than the Best

Twin Sun

ベストを目指すのもいいけれど、ちょっとずつ良くしていくことのほうが大事かな。

ケニアで感じたこと。

岐阜で学んだたこと。

パンダーズのこと。

すべては繋がってるけど、このタイミングですべて忘れてしまおうと思ってる。

今ここで、できることをいっこずつ。


ベストが何かは知っている。
でも、ベストよりベターなものを自分は知らない。

それを自分は見たい。

(New Blog)
Better than the Best.

このブログは個人的なメモなので不定期に更新します。
内容についてわかりにくい部分や誤解を招くような表現もあるかと思いますが勘弁してください。


2011年5月24日火曜日

EZOPANDAS PROJECT

北海道にやってきて10日あまり。

今年は過去に例が無いほど低温の春とのことで山の雪がなかなか解けません。

私が就職したのは造林がメインの会社なので雪があると仕事ができません。
ということで仕事もまだ始まってません。

引越でお金を使い果たした身としてはかなり厳しい状況ですが自然相手の仕事ですのでこればっかりはしかたがありません。

せっかくの時間なので瞑想中に思いついたアイデアをまとめてみました。

大まかなところはかれこれ2年以上あたためてきたのですが詳細な部分は今回初めて文字にすることができました。
なんとなく自分が目指しているものをイメージしていただければと思います。




パンダとはスワヒリ語で「植える」、「登る」という意味です。

私は北海道でパンダーズを結成しようと思ってます。

今後しばらくはその準備です。
なんだか大きなことを書いてしまったようですが、いったんすべてを忘れて今できることに集中しようと思っています。

自分の考えが強く正しければ自然とパンダーズに辿り着くはずですから。


ということで、このブログもひとまず区切りをつけようと思います。

今後ブログをやるかどうかは未定です。

パンダーズが動き出したら何らかのかたちで発信していきます。
でもあと数年はかかるかな。

北海道へお越しの際はご連絡を。


プレゼンテーションがうまく再生できない人はこちらをどうぞ

2011年5月12日木曜日

一所懸命



岐阜で、埼玉で、仙台で、そしていま北海道で今年4度目のサクラ。


自分の場所がどこかもわからないような人間がいるいっぽうで

津波ですべてが流されようとも、またいつか津波がくるとわかっていてもそこに住み続けようとする人がいる。


先祖代々から引き継がれてきた場所。

産まれたときからずっと住み続けてきた場所。

周りに住む人は自分のことを産まれたときから知っている。

その土地の自然のことは木の1本、草の1本、石のひとつまで知り尽くしている。


そんな場所に命を懸けて生きていきたい。

そう思えば思うほど自分は風のように駆け抜けるフーテン野郎になっていく。



ここが最後の場所になるかどうかはわからないけれど精一杯生きていきたい。

地べたに這いつくばって生きていこう。


ここは両親が生まれ育った土地。

先祖からの土地を捨ててつくりあげた土地。

北海道だからできること。

自分だからできること。


それに懸けてみたい。


この街には何度か来たけど一度も大雪山が見えたことはなかった。ここまで大きく見えるとは思っていなかった。

2011年5月10日火曜日

10-Day Meditation Course

10日間(11泊12日)の瞑想コースを修了しました。

つ・ら・かっ・た・・・

何度も途中で帰ろうと思いました。

こんなふうに途中で逃げ出したくなったのは本当に久しぶりのことのように思います。


毎朝4時起床で夜9時までずっと瞑想。

コースに参加したのは40人ほどですが最終日まで誰とも話をしてはいけません。

酒もタバコも禁止です。

食事は1日2回の菜食。

早起き、沈黙、禁酒禁煙、肉無し生活などは全然平気でした。

むしろ心地よかったです。

ただ純粋に瞑想がつらかったのです。


先日久しぶりに会った友人からこのコースのことを知り、
「集中力を鍛えたい!」あるいは「自分をとことん見つめたい!」
という単純な気持ちで自分はコースに参加しました。

ですが、この瞑想はずばり「解脱」を目指す由緒正しい瞑想法なのでした。

かつて仏陀が悟りを開いたときの瞑想法。

それは仏教以前の宗教を越えた純粋な瞑想。

一度は忘れ去られかけたこの瞑想法が25世紀経った今、世界中に広まっています。

参加している人には大学の先生や仏教の僧侶からOLや学生、欧米のビジネスマンやヒッピーと幅広かったのが特徴的でした。


自分なりにこの瞑想法を整理すると「自らの生命(いのち)を観察する」ということでしょうか。

自分の呼吸。自分の体のあらゆる部分の感覚。

そうしたものを集中することによって高めるのではなくただ観察する。

ひたすら観察する。あるがままを受け入れる。

なにがあっても平静な心で。


それにより痛みや嫌悪、欲や執着といった意識をただの自然現象として捉えられるようになるのです。


簡単なことではありません。。

あの仏陀ですら何年もかけて身につけたものです。
私なんぞが10日かけたくらいではとうてい及びません。

120時間以上瞑想したかと思いますがそれっぽいと思えたのは数分もあったでしょうか。

泣き出す人も途中で帰る人もたくさんいました。

わたしも何度か帰ろうとしました。

私は解脱を目指しているわけではないですし、まったく瞑想ができずただ苦しんでいただけのように思えたからです。


そんな私に対して指導者は「それでいい。それでいい。」と仰いました。

その言葉を信じたというより、わたしは10日後の自分を見てみたかったのです。

最後までやって変化が無いならそれは「無意味だった」と判断できる。

でも、途中でやめてしまったらその判断すらできなかいと思ったからです。


私はこの瞑想法が目指す境地というものを勝手にこう想像していました。


痛みも空腹も悲しみも歓びもただの感覚として生きているように見える野生動物の境地。


私はそれをシカやレイヨウ類などの草食動物の瞳のなかに見ます。

その境地に人間の知恵を加えることができたらおそらく凄いことになる。

仏陀の教えとはまったく違うのかもしれませんが、私はそれを見てみたい、感じて見たいと瞑想を続けたのです。


結果は言うまでもありません。そんなことは微塵も感じられませんでした。

(それっぽいと思える瞬間は何度かありましたが・・・)

ですが気持ちはとてもスッキリしています。

意味があったかどうかは今の段階ではさっぱりわかりません。

ただ、瞑想中にとんでもなく素晴らしいアイデアをひらめきました。

この2年半ず~っと温め続けていたアイデアを一気に前進させるこのアイデアに震えが止まらないほどでした。

仏陀には怒られるかもしれませんが最後の数日はほとんどこのアイデアについて考えていました。

ものすごい集中力で。。。


その内容についてはまた別の機会で。


2011年4月27日水曜日

Meditation

前の会社を辞めたのが2005年だったかと思います。

それからいろいろあって、ようやく次の仕事を見つけました。

その後に岐阜を出て、地震が起きて、予定が全部変わり、ボランティアして。。

なんだかとても慌しくて心が着いてきていない気がします。

それはとっても良くないこと。


今回どうしようかと悩んでいたけどやっぱり行きます。


こんな今の自分だからこそ必要だと思うので。


「物事をあるがままにみる」ためのトレーニング。


しばらく人里離れたところで瞑想してきます。

自由の代償 -仙台から帰って


仙台での2週間のボランティア活動を終えました。

最後の日には地元の方からあたたかい言葉をたくさん頂きました。

私と同じように参加した人が言っていました。

「この2週間は協力隊の2年間と同じくらいの濃さだった」

全く同意です。

自分にできることは何かを常に考えながら、地元の人の手助けをする。

これから先の何ヶ月、何年、何十年とこの震災と向き合っていく地元の人の前に
わずか2週間しかいない自分にできること。

そのなかで育まれる交流であったり、人間関係であったり。

本当に濃い時間でした。

最後に「また、おいでよ」とたくさんの笑顔で送られたときはケニアを去ったときとほとんど同じ感情が沸きました。

同じ日本ですし、協力隊OB会から派遣されたのは2週間ですが個人で継続することは可能です。

ホントにもっともっとここにいたいと思いました。
でも、それは違うんです。
自分がやるべきことはそれじゃない。


今回のボランティアを通じて学んだことはたくさんありますが、ひとつあげるとすると

「自分の身をどう守るか」ということです。


震災から1ヶ月が経ち沿岸地域以外はだいぶ落ち着きを取り戻してきています。

そうしたなかでもまだまだ避難所に残っている人やボランティアを要請する人というのはどういう人か。


家族がいない人。
近所に頼れる人がいない人。
自分のことを自分でできない人。


つまりは独居老人や障害者。あるいは遠方から越してきた世帯や単身者。


このような大震災の時に守ってくれる人は誰か?

それを考えさせられました。


やはり、まずは家族。
そして親戚。
次に地域。

大災害直後においてはお金も役にたたないけれどやはり復興にはお金が必要です。

行政のできることには限界があります。

血縁、地縁そして金もない人が行政からも見捨てられ悲痛な思いでボランティアに助けを求めてくる。

われわれボランティアにできることを考えるとともに自分の行く末を考えさせられるのでした。



私の人生は傍から見ると「自由」です。 
 

東北へボランティアに行く人へ

大きな余震が来る可能性はまだまだ高いです。

電気やガス。道路や鉄道がストップするかもしれません。

しばらく帰れなくなっても大丈夫ですか?

津波も来るかもしれません。

今回の津波で防災サイレンはほとんど壊滅しています。

正しい情報を迅速に入手できる手はずは準備できていますか?

不慣れな土地でどこに逃げればよいか把握できますか?

放射能が漏れるかもしれません。

被爆するかもしれない覚悟はありますか?


災害救援ボランティアもセルフレスキューファーストは鉄則です。

何が起きても誰かのせいにしない。

自分の身は自分で守る。

もちろん、どうしようもない時は誰かの助けを借りるほかありません。
それが結果として誰かの迷惑になるということを自覚しておく必要があります。

大型連休。

被災地に実家がある人や親戚がいる人が仕事の休みを利用して会いに行く人もたくさんいると思います。


ボランティアの人で新幹線やホテルが埋まり、道路も渋滞して会える人にも会えなくなるような気がして心配です。

通常の支援活動に支障が出ないか気がかりです。


とはいえ、ボランティアも必要です。
やれることはたくさんあります。

でも、連休だけボランティアを必要としているわけではありません。

ボランティアセンターとしては連休後にどっとボランティアの人数が減ることを危惧しています。


今回の震災から立ち直るには長い時間が必要です。


この大震災からの1ヶ月あまりのできごとを忘れないでいること。

とても大事なことだと思います。


もちろんボランティアに行くなと言ってるわけではありません。

私もそのひとりですからね。


ただ、自覚とタイミングは考えるべきかと思います。